「領海侵犯」という被害妄想的虚構

 安保法案の条件の1つに、「情勢の変化」が挙げられることは、既に周知の事実であろう。「情勢の変化」とは、具体的には、例えば中国による「領海侵犯」を指すだろう。しかし、これを中国側から見ればどういう見解となるのだろうか。中国の目的は「領海侵犯」なのではなく、恐らく資源採掘調査、すなわち経済的な問題であろう。それに対して、「領海侵犯」という表現はアイデンティティに関する問題である。この2つの問題では不即不離ではありながらも、区別して理解すべき問題である。
 しかしながら、政治家をはじめ、世論も中国の行動を「領海侵犯」とは言っても「資源採掘調査」とは言わない。これは、中国の経済的行動を日本のアイデンティティの危機へとすり替えた理解なのではないか。無論、中国の経済的行動は別途検討が必要だが、もしアイデンティティの危機が日本の被害妄想による一方的な虚構だとすれば、安保法制は存立根拠を喪失する。少なくとも、例えば領海侵犯した中国人により日本人が殺害されたという事件を、私は寡聞にして知らない。さらに言えば、個人として中国人に日常的に接している私の経験から言えば、アイデンティティを侵害されたことはない。中国との間で解決を図るべき手段は、非合理的な仮想戦争ではなく、あくまでも経済的問題を解決する合理的な外交であると、私は考える。